冬の王子様の想い人

電車を降り、重い足を引きずって自宅に向かう。

午後四時半を少し過ぎているが、まだ十分周囲は明るく、冬の日没の早さとは随分違う。家路につく学生や買い物帰りの女性、幾人かの人とすれ違う。


「七海」

背後から明るく声をかけられて、反射的に振り返る。

「お母さん?」

目の前にはスーパーの袋をふたつ提げた母が立っていた。

「どうしたの? 仕事は?」

母は保険会社で働いている。ちなみに父は飲料メーカーに勤務している。

「今日は外回りの後、直帰だったのよ」
「そうなんだ、いつもお疲れ様です」
「ありがとう。七海もいつも家事を手伝ってくれてありがとうね。怪我したの?」

私の足を見て、心配そうに尋ねる。


「ああ、ううん。ちょっと転んじゃったの」

余計な心配をかけたくないので、経緯は話せそうにない。

「大丈夫なの? 気をつけなさいよ。あなたは小さい頃からよく転んでいたから」


母の荷物をひとつ受け取り、並んで帰路につく。

我が家は駅から徒歩十分ほどのところにある、白とベージュのタイルの外壁が特徴のファミリータイプのマンションだ。


「お母さんの友だちの家に遊びに行った時も七海は盛大に転んでたでしょ。あれは幼稚園くらいだったかしら? 覚えていない?」

記憶にない。

確かに小さい頃はよく外で遊んでいたとは思うけど……幼稚園の頃の記憶はあやふやで、きちんと覚えているのはゆきちゃんとの思い出くらいだ。

「滑り台で勢いがつきすぎて、滑り切った時に滑り台の下に落ちちゃってお尻を強く打って大泣きしたのよ」


……思い出したくない記憶だ。忘れていてよかった。