皆が憧れる完璧な外見に優秀な頭脳、そんな彼が想うたったひとりの女の子。


とても優しく幸せそうだった姿を思い出した時、ズキリと胸が痛んだ。


胸の奥がざわついて落ちつかない。心がひどく不安定だ。

この気持ちがなんなのかわからない。

だけど胸の中を一面の氷で覆われてしまったような冷たい息苦しさを覚える。


……どうして? 
なんでこんな気持ちになるの?


目の前の課題がぼやけていく。きちんと文字を読みたいのに読めない。問題を解かなければいけないのに取りかかれない。

ポタリ、とプリントに水滴が落ちた。


泣きたくなんてない。泣く必要なんてない。わかっているのになぜこんなに胸が苦しいの?


トン、と手にしていたシャープペンシルを机に置いて、口を手で覆った。意に反して涙が後から後から零れ落ちる。


「ナナ、今どれくらいできた……」

振り返った親友が目を瞠った。

「どうしたの? 足が痛むの?」

驚いた親友は慌ててハンカチを差し出してくれた。小さくかぶりを振る。

周囲の席のクラスメイトたちも気になるようでチラチラ様子を窺ったり、話しかけてくれる。


「そっか、足が痛むのね。もう一回保健室に行こうか」

そう言って肩を抱くようにして私を立たせ、もうひとりの日直の矢萩くんに保健室に行く旨を伝えて教室を出た。


「梨乃、足は痛くないよ……?」

今は手を引いてくれている親友に涙声で言う。


「……知ってる。抜け出す口実よ。教室じゃ目立つしとりあえず保健室近くの階段に行こう。人気も少ないし見つかったら保健室に向かう途中です、って言えばいいから」

優等生なのに意外なところで頭が回る梨乃に頷く。


手から伝わる温もりが優しくて、また目に涙が滲んでしまった。