保健室の扉を雪華が片手で器用に開けると、室内には先生の姿が見当たらなかった。

薬棚の横にかけられたボードには『二十分後に戻ります』と記載があった。そのメッセージが書かれた時刻は今から五分程前だった。


「入れ違い、か」

ボードのメッセージを読んでポツリと言い、私をそっと近くの丸椅子に降ろした。

壊れ物のように大切に扱われ、吐息が触れそうなくらいの近い距離に胸が苦しくなる。


「……大丈夫か?」

気遣わし気に問われて、恥ずかしさを誤魔化すように頷く。

なんでこの人はこんなにも色気があるんだろう。体育の後なのに汗臭くない理由を教えてほしい。


「とりあえず手当するか」

そう言って長めの黒髪をかき上げると、長い指からさらりと髪が零れ落ちた。


「ナナ、ちょっと痛むかも、ごめんな」

消毒液を含ませたコットンでそっと足の傷口に触れる艶やかな黒髪が目に入った。

伏せた睫毛は信じられないくらいに長く、すべてが完璧に整っていて溜め息がでそうだ。


「……慣れてるね」
「中等部の時、サッカー部だったから。桜汰もよく怪我してたし」


サッカー部……それは意外。さぞかしモテたんだろうな……。


「言っておくけど、女遊びはしてないからな」

考えを読むように胡乱な目が向けられ、目を泳がせる。


手際よくかつ丁寧に処置をしてくれる骨ばった指の感触と体温に心が落ち着かない。