「以前の時間帯の電車で他校の女子生徒にジロジロ見られても車両を変えなかったくせにナナちゃんのためには変えるんだからな」
「……別に」
「素直じゃねえな。この電車は混んでるから、ナナちゃんがもみくちゃにされてないか心配だって言ってたくせに」
「桜汰!」

楠本くんの指摘に慌てた声を出す雪華を見上げると、右手で自身の口元を覆っている。
長めの黒髪の間から微かに見える耳がほんのり赤い。


ドキン、と小さく鼓動が優しく跳ねた。


極上の美形男子というところはふたりとも共通しているけれど、人懐っこくて周囲に警戒心を抱かせない楠本くんと雪華は性格が正反対だ。

わかりづらい場合が多いけれど、最初に抱いた印象通り彼の本質はとても優しい。


思わずクスリと声を漏らす。


「……なに?」
「ううん、心配してくれてありがとう」
「ナナは小さいし華奢だから……押されたら危ないだろ」

目の周囲を僅かに赤らませた雪華の呟きが心の奥深くに届く。


彼らと比較すると小さいかもしれないが、私の身長は日本人女子としては一般的だ。

けれど心配してくれる心遣いが嬉しくて胸の奥がくすぐったい。


今も停車する度に押し寄せる人の群れからさりげなく守ってくれている。

電車が揺れる度にぐらつく腰をそっと支えてくれている。