じゃあ、の意味がわからない。

なんでいきなり名前を呼び合うような親しい展開になるの?


「よ、呼べるわけないでしょ……!」


全女子生徒たちからどんな目で見られるか、考えただけで恐ろしい。

色々な出来事が一気に起こってもう頭がパンクしそうだ。頬はきっと火を噴くように真っ赤に違いない。


「ナナには名前で呼んでもらいたいんだ」


当たり前のようにキッパリ言われて二の句が告げれない。真っ直ぐに私を見据える灰色の目は真剣だけれど、理由がまったくわからない。


「昨日思いっきり足踏まれて痛かったんだけど? そのうえ議事録まで押し付けられて帰れないし、散々だったなあ。そのお詫びをくれないの?」
「あ、あれは元々氷室くんが!」
「雪華」

頭を撫でていた手を離して、スッと私の唇に自身の長い人差し指を当てた。骨ばった指に男性らしさを意識してしまう。

その冷たい感触に目を瞠り、続けようとしていた言葉を呑み込んでしまう。


なんでそんなに優しく触れるの?


ドキドキと響く鼓動がうるさくて彼に聞こえそうだ。離れて座っていたはずの距離は、今や肩が触れるほど近づいている。


なのにその高めの体温が嫌じゃないのはなぜ?


「呼んで、ナナ」


心に直接語りかけるような柔らかい声が耳に響き、そっと私の唇から人差し指が外される。その繊細な仕草に心がざわつく。


「……雪華、くん」


壊れそうな心臓を抱えて恐る恐る名前を呼んだ。

誰かの名前を呼ぶのにこんなにも緊張した経験はない。