今日まで母の口から雪華の名前が出てきた記憶はない。彼氏ができたという報告はしたけれどあっさりよかったわね、と言われたくらいだった。

名前はもちろん教えたし、挨拶をしたがっている件もそれとなく伝えていた。

母も興味を示して会いたがってはいたけれど、ふたりきりで会ったという話は聞いていない。

母から恋人の話を聞いた父が嫉妬しているわ、と言われたくらいだ。


「七海に話すまで黙っていてほしいってお願いしたから」
「……それって雪華が前に言っていた交際の挨拶とかそういうもの?」

困惑しつつ尋ねると、首を振って否定された。

「それもあるけど、どうしても尋ねたい話があったんだ。七海のお母さんはすぐ気づいてくれたよ」


一体お母さんはなにに気づいたのだろう?


「あなたはゆきくんね、って朗らかに言ってくれた」


その台詞に言葉を失った。
瞬きを繰り返す。


ゆきくん? 


「……ゆきくんって……私が女の子だと勘違いしてた……?」

確認するように恐る恐る尋ねる。無意識に雪華の指を握る指に力がこもる。


まさか、本当に? 


「雪華がゆきくん、なの?」


ゆっくりと頷く雪華。
ストンとその事実が胸に落ちた。


……ああそうか、そうだったんだ。


言われてみればゆきくんは雪華と同じ雪雲のような色の目をしていた。


どうして気がつかなかったんだろう。
こんなにも近くにいてくれたのに。