「なるほどな……」

 毛利は静かに呟いた。
 これで納得がいった。
 何故、恋愛でなければならないのか。

 無理に強姦や拷問をして肉体的にダメージを与えようとすれば、エネルギー態に吸収されるか、ゆりが降り立ったときのように、力を撒き散らし、殺されるだろう。
 あの時は風であったが、次は炎で焼き尽くされるかも知れない。

 だから心を許される存在となり、手ひどく裏切らなければ心を失うほどの虚無感は与えられないのだ。たとえ一時的であったとしても。
 その一時が重要なのだと、毛利は悟った。

 その一方で、悲惨な光景を目に焼き付けさせるという手がまだあると考えた。しかし、目の前で無残に人が死んだとて、心を失うほどのショックが獲られるだろうか。
 自らが人を殺すのならばまだしも……いや、それもないだろう。ゆりが誰かを殺すことは想像がつかない。
 
 ならばゆりの家族や親しい者の死ならばどうだろう。
 心を失うほどの虚無は獲られるだろうが、肝心の彼女の家族はこの世界にはいない。
 毛利は密かにため息をついた。

「ならば、やはり恋に落とすしか道はあるまいか」

 毛利は小さく鼻先で笑った。
 若干ながらあの無表情が、笑んだようにも見える。
 
「結局、あの男の策に乗らねばならないか」
 
 どろりと悔しさが滲む。
 毛利の頬を照らしていた光が徐々に小さくなる。数十秒もしないうちに、ゆりの中に光は納まって行った。
 途端にゆりは気持ち良さそうにスヤスヤと寝息をたて始めた。

 毛利は深くため息をついて、立ち上がる。そして、呟いた。

「柳、そいつになにか掛けておけ。風邪でもひかれたら面倒だ」
「は~い」

 柳は快活に返事を返しながら、天井裏から降りてきた。天井の板が外されている。柳はゆりの下から掛け布団を引っ張り出した。ゆりがごろっと畳の上に転がる。

「おい」
「大丈夫。起きませんよ。おねえさんが来てからずっとこっそり監視してましたけど、この人一回寝たら何しても起きないですもん。ほら、すごく気持ち良さそうに寝てるじゃないですか」

 ハキハキと言いながら、柳はゆりを指差す。ゆりは起きる気配を微塵も感じさせずに畳の上で寝ていた。
 呆れたように目を閉じる。

「まさか柳、小娘に――」
「何もしてませんってば」

 食い気味に否定され、毛利は胡乱な瞳を向けた。柳以外の誰かが見ればそれはいつもの能面に過ぎなかったが、柳には理解が出来たようで、にやっと愉しそうに笑う。

「してませんよ。神に誓って」

 もう一度ハキハキとした口調で言った柳に、「神なんて信じておらぬだろう」と、皮肉を言って、毛利はゆりを抱えた。布団の上にそっと置く。柳は愉しげにその光景を見ながら、ゆりに布団を被せた。

「それで、確信は得られたんですか?」
「納得はした。だが、得心はしていない」
「ふ~ん。じゃあ、争奪戦に参加しなければ良いじゃないですか」
「しなければやつらに魔王を取られる。そうなれば、また戦争になりかねん」
「まあ、そうですね。花野井さんも何か裏事情がありそうですし、黒田くんとかヤバそうですもんね」
「風間もな。油断ならん」
「あの人なに考えてんのかわかりませんもんね」

 お前もな。と、毛利は視線を送る。
 あなたもね。と、柳は視線で返した。

「でも、何がひっかかってるんです?」

 毛利は答えない。彼自身でも、まだ言い表しようがないものだったから、答えようがなかった。
 それを見抜いたのか、はたまた気を使ったのか、柳は別の話に切り替えた。

「まあ、でも、おねえさんが風邪ひいたら看病してあげればいいじゃないですか。親密になれますよ。なんなら僕、布団剥がしましょうか?」

 明朗に言って目を細める柳に、毛利は片眉を微妙に上げた。

「煩わしい」

 一言だけ呟いて毛利は部屋を出た。
 毛利が半身だけで振り返ると、柳は愉快そうに笑んで、屋根裏へと消えた。