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 大きな満月が、野原のように広がる庭の芝を照らしていた。塀沿いに植えられた松と紅葉に似た低木。その内堀を埋めるように様々な木々や、花が彩っている。十メートル先あたりに屋敷の正面玄関が見える。かなり年月が経った印象があるが、朽ちてはいない。誰かが定期的に管理しているようだった。
 その庭の中心で、毛利達は何かを囲んで立っていた。それは、銀の鎧を纏い紅色(くれないいろ)のマントを羽織って横たわる中年の男だった。

「これが例の死体か」
「ええ、そうです」

 静かに目を閉じている男の顔は蒼白だったが、死人のようには見えない。
 毛利は、表情も変えずに円の中心に寝そべる男を見やる。風間は相変わらず、にこやかにしていた。状況と口調、表情の違いに違和感を感じずにはいられない。
 黒田はその空気に少し笑いを覚えた。

「死んでから、数ヶ月も経ってるとは思えねぇな」

 感慨深げに、そしてどことなく嫌悪感を滲ませて、花野井が顎を掻く。

「そう見えるだけですよ。結界を施しておりますので」
「魔王が宿る死体が朽ちてたら、コトだもんなぁ」
「そうですね」

 にやりと笑みを浮かべ、両手を顔の正面で振る花野井に風間はやわらかい笑みを浮かべる。雪村は、風間の隣でこっそりと両手を合わせた。
 それを見て、黒田が嘲笑的に口の端を持ち上げた。

「で、これ誰なの?」
「とある方とだけ。――さて、皆様。始めましょう」

 黒田は追及したい気もしたが、風間の指示に従う。彼にとっては、誰がどう死のうとどうでも良かったからだ。

「雪村様」

 風間に促された雪村は、渋々といった感じで長方形の呪符を取り出した。緑色の紙に青色の文字が描かれている。

「ちょっと離れてて」

 さっと皆が距離を取ると、雪村は横たわる男に正拳突きを食らわせた。その瞬間、男の周りの空気がたわんだように見えた。雪村の腕が見えない結界を突き抜け、正拳突きをしたはずの拳が札ごと男の体に埋まっている。だが、雪村が腕を引き抜くと、男の肉体も身に纏っている鎧も傷一がついていなかった。

「これで、準備は整いました。では、魔王の結界を解きます。これには、皆様のお力が必要です」

 言って風間はナイフを取り出した。