「心配ございません。この器で大丈夫なはずですから。それに、考えてもみてください。もし魔王が宿った場合、生きた人間よりも、死んでいる人間に宿った方が都合が良いのではありませんか?」

 風間は安心安全を謳う実演販売者のように笑む。

「……たしかにね」

 思いついたように、黒田は頷いた。にやりと冷酷に笑む。
 首を傾げた雪村と花野井を見て、毛利が密かにため息をつく。

「つまり、生きた人間には意思がある。我々が魔王を手に入れようと争っても、その人間が魔王の持ち主なのだ。そいつがどうしようが、我々にどうこうできる権利などないということだ」
「でも、死体ならその心配はないってわけ。だって、本当に意思のないただの器なんだから」

 ふふっと笑った黒田は、どこか無邪気だ。
 複雑な気持ちになった雪村と花野井を余所に、風間はさわやかに笑んだ。

「では、皆様、こちらをご覧下さい。儀式の方法を記した書になります。皆様の分は写しになりますが、全て同じ文面になっております。ご確認ください」

 風間はさわやかな笑みを浮かべたまま、赤の横線が入った巻物を配った。
 きれいで新しそうなその巻物とは対照的に、雪村の手元に置かれた物は、くたびれた、古い紙の匂いのする生成りの巻物だった。
 おそらくそれがオリジナルだろう。

 渡された巻物を一斉に広げる。
 雪村以外は手に持ったが、彼だけは畳に広げた。無防備に広げられたオリジナルの巻物に、一瞬皆の視線が注がれる。
 花野井の眉が、胡乱げに弾かれた。

「ごらんのように封魔書(ほうばしょ)には、儀式を行う時間帯は書かれておりません。ただ、大きな月の出る晩とあります。今宵は中秋の名月、これほど相応しい晩はないでしょう」
「それで今夜にしたわけだ」

 花野井が合点がいったという面持ちで頷く。

「はい、その通りです。では、時間帯はいつにいたしましょうか?」
「月がもっとも強く輝く時が良かろうな」
「では、蠍の刻にいたしましょう」

 風間の提案に皆が頷いた。

「で、さ。ここに滞在できる期間はみんなどれくらいなわけ?」

 軽くフードを引っ張りながら、窺うように黒田が聞いた。

「俺は一週間から二ヶ月ってとこか」

 いつの間にか懐から出した酒を煽りながら、花野井は答えた。

「俺達は最大で二ヶ月は大丈夫かな――な?」
「はい」

 顎に手を当てて考える風だった雪村は、風間に確認を取った。風間は軽く顎を引く。

「貴様はどれくらいだ?」
「ぼくは、そうだなぁ……ぼくも最大で二ヶ月ってとこかな。毛利さんは?」
「一ヶ月半が限度だな」

 黒田からの訊き返しを毛利はそっけなく返す。
 それに気を留めることなく、黒田は続けて尋ねた。