「こちらもすぐにわかったぞ。貴様は花野井剣之助であろう。密書にて生きた者を使うのは嫌だと駄々をこねた、腰抜けよ。人を殺すのが仕事であろうに……盗賊あがりの将軍風情が何に情をかけたのやらな」

 毛利は冷静に、幾ばくか嘲笑的に吐き捨てた。その声にはやはり抑揚はない。
 男、こと、花野井は、今すぐにでも毛利の首を掴みに行きたかったが、ぐっと衝動を抑えた。

「そいつは悪かったな、だがひとつ訂正しておくぜ。盗賊じゃなく、山賊だ」

 怒りを堪えたためか、若干ながら声が震える花野井に、毛利は薄く笑った。
 例によって解る者はいなかったであろうが、僅かながらに口元が緩む。むろんわざと間違えたのだ。

「なにが違う。人の物を強奪し、殺し犯すのは変わらぬだろう。人間のクズを将軍にするなど岐附はよほどの人材不足らしいな」

 続く花野井、ひいては岐附を嘲る言葉に、花野井は怒りをあらわにした。

「ああ!? 宰相のくせに自国に戦争を招いておいてよく言うぜ。首切りもんの大失態だろーが!」

 あげくに世界大戦にまで発展させやがって――と言いかけて花野井はその言葉を胸にしまった。
 今更そんなことを言ってもしょうがない。
 自らを落ち着かせるように、チッと舌打ちをして浅く息を吐き出す。

 毛利は応酬することはなかった。代わりに強く歯軋りをする。表情は能面のようなままで。
 重苦しい空気が瞬時に充満する。そこに、叫び声が響き渡ってきた。

「うわああ!」

 聴き馴染んだ声音に、風間はいの一番に駆け出した。

「雪村様!」

 障子を開けた先にいたのは、真っ赤なドラゴンに襟を銜えられて宙吊りにされている黒髪の青年だった。