仁瀬くんは壊れてる

 仁瀬くんなら、やりかねない。

 これは面白くない冗談なんかじゃない。
 なにをする気かは予測できないけど。 

 とんでもないこと考えてる気がしてならない。

 仁瀬くんが周りの人間を動かしているのは。

 ――ぜんぶ、自分のためだ。

「卑怯者……!!」

 わたしの大切なもの。
 ボタンひとつでリセットされるゲームみたいに扱わないでよ。

 こみ上げてくるのは、怒り。
 絶望。
 悲しみ。

 どす黒い、負の感情。

「あー、また。そんな顔する」

 わたしとしなくても。相手いるでしょ。

「キスは、脅してするようなものじゃない」
「へえ。じゃあ。どういうもの?」
「それは……」

 キスって、なんだろう。
 自分からしたいと思ったことがないから、よくわからない。

 それでも。
 こんな要求、間違ってる。

「ほら。我慢せずに泣きなよ」

 泣くものか。
 泣けば、悦ばせてしまう。

 どうすれば守れる?
 キスしたら本当に壊さないでくれる?

「不愉快なんだ」
 …………は?
「ここ数日のあいだに。何度か、花を見かけたよ。そっちは僕に気づいてなかったけど」
「視界に入るだけで不快なのに。キス、せがまないでよ」
「そうじゃない」
「じゃあ、なに」
「花のことは。見ていたい」
 …………え?
「道端に咲いている花みたいな、君は。どこにでもいるようで。どこにもいないから」