――花は。泣き顔が可愛いね?


 怖かった。すごく。
 あんな台詞を笑って言う仁瀬くんが。

 抵抗しても全然かなわなかったし。
 声、出せなかった。

 仮に助けを呼んだところで。
 ……誰が味方してくれる?

 沙羅に。
 あんな男を好きになるのやめなよって、言ってやりたい。

 だけど。

 ――裏切ったと思われて嫌われるんじゃない?

 ………言えない。
 沙羅の好きな人とキスしたって。


「花、具合悪いんじゃない?」
「え……」

 体育のあと、沙羅に顔を覗き込まれた。
 気分が悪いのは昨日あまり眠れなかったのもある。
 でも、いちばんは――
「もしかしてお腹痛い?」

 罪悪感。
 
「そんなことないよ。ちょっと寝不足なだけ」
「ええっ!?」

 沙羅が大きな声を出したので、周りの視線がこっちに集中する。

「……声、大きい」
「だって。睡眠をこよなく愛してる花が。寝不足って。一大事じゃん!!」

 言ってることはなにも間違っていない。
 的確すぎるくらいだ。
 だけど今日は、そこに触れないでもらいたい。

「ひょっとして」
 なにを言われるのかヒヤッとしたら、
「テスト勉強?」
 誤魔化すのにちょうどいい材料を沙羅から用意してくれた。

「うん」
「高校って、テスト多いよね! 定期テストに、模試に……あっ。次の英語って、もしかして」

 沙羅の表情が暗くなる。

「あるね。単語テスト」
「覚えてない〜!!」
「いつものことでしょ」
「ひどいよ、花。今回は。やる気あったのに!」
「ないじゃん」
「だってさー。仁瀬くんと話せたこと思い出して、家でニヤニヤしてたから〜!」