「なんでわたし……のっ、」

 ふいに、話せなくなったのは。
 なにが起きたか理解が追いつかなかったから。

 理解したところでどうにもできない。

 強引に塞がれた、唇。
 逃げたくても逃してくれない。

 息が、苦しくなって。
 ガリッと噛んだのは――目の前の男の唇だった。

「痛いよ、花」

 仁瀬くんの口元に付着している、鮮血。
 わけがわからない。

 イヤだ。
 こんなこと、されるの。

 感情の起伏が激しくなるの。

 …………友達を、裏切るの。

「噛みつかれたのは。初めてだな」

 思考が停止する。
 真っ白になったのもあるし。

 なにも考えたくない、から。

 きっと考えたところでわからない。

 仁瀬巧を理解することができない。

「次は僕が花に噛みついていい?」
「いやだ」
「つけたいんだ。僕の痕」

 動けない。
 手足が、震えてくる。

「……なんで。キスなんか」
「生意気な花が可愛くて。つい」

 クスッと小さく笑うと
 わたしの首元に、唇を這わせる。

 生あたたかい。
 いやだ。やめて。離れてよ。

「泣いてるの?」

 ――――怖い。

「ははっ」

 なにが面白いの?
 どうして笑えるの?

「やっばいなあ」

 耳元に顔を近づけてくると。
 小さく、囁いたんだ。

「花は。泣き顔が可愛いね?」