このおかげで、いろいろと不自由してきた。小学校と中学校は公立でそのまま通ったけど、どちらも運の悪いことに近くに墓地や寺社があった。小学校の頃は学校帰りや大小さまざまな怖い顔のあやかしに話しかけられて追いかけ回された。中学になったらさすがに悲鳴を上げるような事態は少なくなったけど、友達としゃべっているといきなりあやかしが目の前を横切ったり、友達にダブって見えたりして、驚きや恐怖で硬直してしまった。おかげで、挙動不審に見られり、気味悪がられたことは数限りない。

 高校と大学は事前に見学に行ってあやかしとあまり遭遇しなさそうなところを探した。具体的には、お寺や神社、お墓、古くからある森とかがないところだ。それでぜんぶが防げるわけではないけれども、小学生や中学生の頃に学んだささやかな防衛手段だった。

 大学の専攻やゼミも、あやかしや霊と遭遇しなさそうかどうかで選んだ。学部に英文学部を選んだのは、英語の勉強中はなぜかあやかしと遭遇する率が低かったからだ。やっぱりあやかしにとって英語は難しいのかもしれない。同じように数学の勉強中もあやかしは寄ってこなかったけど、私の方も数学を苦手にしていた。

 英文学部といってもいろんな研究がある。内容的に日本の民俗学的な研究をしているところは当然パスだったし、怒りっぽかったりわがままだったりする教授のところには割と似たような心のあやかしや悪霊みたいなものが寄ってきていたので、これもパスだった。

 いま所属しているゼミだってあやかしと完全に無縁ではなかったが、頻度は低いし、何より出現するあやかしが無害な連中ばかりだったので選んだのだった。

 ところが、問題は就職活動だった。

 筆記も適性テストもパスして最終面接でそれは起こる。

 どの業種もどの面接も、面接官の後ろにあやかしが見えてしまうのだ。
しかも、結構たちの悪そうな連中ばかり……。面接官の体中に蛇のあやかしが何匹も巻き付いていたこともあれば、結構大きくて明らかに私に害意を持って威嚇している者もいた。

 あやかしも霊も、この世の存在ではないが、私を脅かすことはできるし、私が見えていると分かればもっと見て欲しいとばかりにうろちょろしてくることもある。巨大な力を持つものになれば物理的に殴ってきたり、ものを壊したり、誰かを怪我をさせたりすることくらいできるのだ。

 そして何より、大体のあやかしは見た目が気持ち悪い。

 そんなものを見たら、顔が引きつってしまう。どうしてまともに面接なんて受けられるのよ……?

 それが二百社。すべて最終面接まで頑張って、時間もお金も労力もかけて二百社なんですよ、二百社。大学三年から約二年間。卒業前日のいままでかかって、この有様だった。

 先程お祈りメールが送られてきた五社は、どこもまだまともに面接できた方だと思ってたんだけどなあ。

 もう返事待ちのところもない。

 藤原静姫、万策尽きました……。

 時間を見ると午後五時。終業時間です。

 私はなけなしの気合いを集めて立ち上がった。


 つい数時間前、学食でゼミの教授に声をかけられたことを思い出す。「本当に大丈夫なんだよね」と深刻そうに尋ねてきた教授は退職間近。白髪で人が好い。私の就活状況を夏頃に知った教授は、自分の知り合いの勤め先や先輩の就職先を紹介しようかと何度か声をかけていただいたものだ。
 しかし、教授の紹介で行った面接であやかしと遭遇してぶち壊しになったらと不安で、ずっと断っていたのだった。その結果がこれだった。かえって心配をおかけして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そのときは笑顔で「多分」と答えたのだけど。ああ、結果を知らなかった数時間前に戻りたい……。

 教授は、「信じてるけど、一応結果は教えてね。心配だから」と言っていた。だから、本当はもう家に帰って不貞寝したかったけど、教授への挨拶だけはしようと思った。
 
 夕焼けの大学構内は、春も間近だというのにどんどん気温が落ちていく。
 
 教授の研究室を訪ねた。軽くノックすると、「どうぞ」と声がする。

「教授、実は就職活動の方なのですが……最後の面接先もダメでした」
と、私が敗北宣言の挨拶をすると、教授は長い眉毛を八の字にしてため息をついた心の底から私の就活失敗を悲しんでくれているように見えて、私も鼻の奥が痛くなってきた。

 コーヒーメーカーで作り置かれているコーヒーを、教授が私に淹れてくれた。少し煮詰まっていたが、ブラックで啜る。

「大変だったね」

「はい」

 今回、このゼミを卒業する四年生は明日花や私を含めて十人。そのうち、就職が決まっていないのが私ひとりだけだった。

「明日卒業式だけど、その後はどうするの?」

「まだ何も。自宅生ですけど家で遊んでいるわけにもいかないので、何か仕事は探します」

 市役所で働いている父親も、定年までそう何年もあるわけではなかった。母親も郵便局で働いているが、最近腰が痛いと言っている。要するに、私の両親もそろそろリタイアを考える時期で、四大英文学部卒の娘が無職でごろごろしている余裕はなかった。

 私は、教授と話しながら、近所のスーパーのレジ打ちをしている自分を想像してみる。ちょっと悲しくなった。それしかないなら、それしかない。それしかないのだが、すぐにそうしようと切り替えられるほど、私は気持ちの整理がうまいわけでもなかった。コーヒーの酸味が妙に舌に残る。のぞき込めば、黒い液体の表面に自分の顔が奇妙に映っていた。まるで黒い鏡に映し出されているみたいだ。

 同じくコーヒーカップを手にしていた教授が、何かを思い出した顔で、机の上からチラシのようなものを持ってきた。