花時の贈り物



「泣かないで、瀬川くん」


もう誰からも姿が見えない私は誰のことも救えない。

好きなのに。今でも忘れられないくらい瀬川くんのことが好き。それでも私は瀬川くんの想いを受け止めることも、後悔をなくすこともできない。


けれど、彼を救える人なら他にもいる。


開いていた教室のドアから胸元に花をつけた女子生徒が姿を覗かせた。一瞬怪訝そうな顔で瀬川くんを見たけれど、私の席と瀬川くんの顔を見て、苦々しく微笑んだ。


「みんな校門のところで写真撮ってるよ」
「……あとで行く」
「そっか」

目を赤くして、泣いたばかりだとわかる顔では行けないのだろう。采花は私の席の前まで来ると、机の上に置いてある花をそっと撫でた。


「私たちもう卒業だよ。……悠理」
「そうだね」

言葉を返しても采花の耳には届かない。わかっているけれど、私はずっとふたりの傍から離れることができなかった。



「忘れない」

たった一言。

それだけ言うと采花は目にいっぱいの涙をためて、下唇を噛み締めた。


知っているよ。采花が私のことを忘れないでいてくれたこと。

先生に頼んで私の席を残していてくれたこと。


だから私は幽霊になっても居場所をなくさずにここにいることができたんだ。



「俺だって忘れないよ。……忘れられるわけないだろ」

瀬川くんの言葉に、采花は堰を切ったように声をあげて泣き出した。

大粒の涙を流しながら、ブレザーの袖口で何度も拭っていく。



「悠理」と繰り返し私の名前を呼ぶ采花を抱きしめる。

けれど、それが本人に伝わることはない。触れることはできても、本人には触れられている感覚はないようだった。


もっと一緒にいたかったな。一緒に卒業したかった。大人になりたかった。

もしもを考えては羨ましくて悔しい気持ちになる。けれど、それはどう足掻いても叶わないことだから、もう私は終わりにしなくてはいけない。


瀬川くんの想いを聞いて、采花の想いを知って、ふたりが仲直りしてくれて、私の未練はなくなった。


ずっと忘れずにいてくれてありがとう。

苦しませてごめんね。悲しい思いをさせてごめんね。ふたりは私にたくさんのものをくれた。

学校生活が楽しかったのはふたりのおかげだったんだよ。私はふたりになにかを残すことはできたのかな。



采花、瀬川くん。大好きだよ。

私、ふたりがいてくれて本当に幸せだった。



最後に姿が視えない私からふたりに贈れるものは、ほんのわずかだ。

ふたりの涙を止められるだろうか。どうか、届きますように。


閉じていた窓の鍵に手をかけて、勢い良く開けた。春の暖かな風が吹き込み、淡い桜の花びらが吹雪のように教室へと降ってくる。

瀬川くんと采花は乱れた髪を直すこともせず、ただ呆然と教室に降り注ぐ桜の花びらを眺めていた。



ふたりの唇が同じ形に動き、名前を呼んだ。



それは私から大好きなふたりへ、最後の贈り物。









「卒業おめでとう」









【花時の贈り物】END