【短】センパイ、センパイ、センパイ。





しばらくして、乾いた足音が遠ざかっていく。


朝らしい澄んだ空気は、雨に塗りたくられる。



他の生徒が登校し始める前に、恐る恐ることはセンパイの下駄箱に近寄った。



「……あ、」



ことはセンパイの下駄箱のフタ。

正方形の付箋が貼られていた。



――受け取ることはできない。ごめんな。



「ことは、せんぱ……っ」



ずるい。

ずるいですよ、ことはセンパイ。


あなたの優しさが、痛い。



こんなメッセージを書いてくれるくらいなら。


ラブレターを受け取ってほしかった。


受け取るだけでいいから。

それ以上は望まないから。



フタを開ければ、『ことはセンパイへ』と記した手紙が一通、ぽつんと寂しげに残っていた。



寝る間も惜しんで、文章を考えた。


変に思われないように。


少しでもことはセンパイの記憶に刻まれるように。



……なのに。

受け取ってすら、もらえないんだ。



この手紙に込めた私の想いを、どこへやったらいいんだろう。


もう、勇気ないよ……。



「……っ、ふ、……っ」



弱いなぁ、私。


たまらずこぼれた涙が、ひとつ。

水彩柄の封筒の上に落ちる。


少しずつ雫が滲んでいき、雨粒みたいなシミができた。



ことはセンパイの優しさを知らなければ、こんなにも好きにならずに済んだのに。


もういいやって諦められたのに。



どうして、もっと溺れさせるんですか。



「ことは、センパイ……」



あと何回呼べば、この気持ちを届けられるだろう。


しきりに降る雨の中に放り出せば、汚いところも苦しいところも全部、洗い流してくれるのかな。