その優しさに、どうしようもなく心が揺さぶられる。少し前まで弘哉に対して持っていたはずの気持ちを、蓮斗に抱いてしまいそうになる。

『小牧が俺を友達だって言うのなら、俺は小牧を裏切ったりしない』

 そう言ってくれた相手に、抱いていい感情ではないはずだ。友達でなくなったら、この心地いい関係が壊れてしまうかもしれない。せっかく見つけた居場所を失ってしまうかもしれない……。

 詩穂は足を止め、大きく息を吸い込んで蓮斗を見た。

「気にするよ。友達にそこまで迷惑かけられない」

 詩穂の言葉を聞いて、蓮斗の顔から笑みが消えた。彼の手から力が抜け、詩穂は右手を引き抜いてコートのポケットに入れる。

「俺は本当に迷惑だとは思ってなかったんだけど」

 蓮斗が低い声で言った。

「わかってる。須藤くんが私にとてもよくしてくれていることには感謝してる。だけど……ううん、だからこそ大切な友達をこれ以上煩わせたくないの」

 本当はこれ以上一緒にいたら、彼への気持ちが止められなくなりそうで怖いのだ。煩わしいのは、そんな自分の心だった。彼に悟られて、ギクシャクして仕事がうまく進められなくなったら、『小牧なら信用できる。安心して仕事を頼める』と言ってくれた彼の信頼を裏切ることになる。