「あのさ……さっきのことだけど」

 気まずそうな表情を見て、詩穂はさっきの目尻へのキスのことなのだろうと想像した。

「ああ、あれね! 気にしてない! どうせ息子さんが泣いたときにお姉さんがしてるのを見て、効果があるとか思ってやったことなんでしょ? うん、おかげで本当に涙が止まった! おまじないとしては効果抜群!」
「あ、そっちのことか」
「そっちって? ほかになにかあった?」

 蓮斗は数回瞬きをしてから、小さく微笑んだ。

「いや、なんでもない」

 そうして詩穂の頭に手をのせて、髪をくしゃくしゃと掻き回す。

「ちょっと、なにするのよ!」
「ただの腹いせだ」
「はぁ? なんの腹いせ?」

 蓮斗があまりに髪を掻き乱すので、詩穂は背を仰け反らせて彼の手から逃れた。

「なんでもない」

 蓮斗はさっと立ち上がって、詩穂の手から空になったマグカップを抜き取った。

「カップを片づけたら送っていく。俺が片づけている間に、その顔、なんとかしとけよ」

 蓮斗に言われて、詩穂は目を見開いた。きっとマスカラもアイライナーも落ちて大変なことになっているだろう。慌ててバッグのポーチからハンドミラーを出して覗き込んだ。そこには真っ赤な目をした自分の顔が映っていた。目の下も黒くなっていて、想像していたよりもひどい顔になっている。