蓮斗の前で弱みを見せるなど、大学時代には考えられなかった。彼は張り合うべきライバルだったから。だけど、こうして彼の近くにいて、彼がみんなに慕われるに値する男なのだと認めてしまうと、不思議と肩から力が抜ける。彼と張り合っても仕方がないという諦めではなく、彼を彼として認めると、自分も自分でいられるというような安心感だ。

 かすかにお湯が沸く音が聞こえて、電気ケトルの電子音が小さく鳴った。ほどなくしてマグカップを持った蓮斗がパーティションを回ってくる。

「ほら」

 蓮斗が湯気の立ち上るカップを差し出した。

「ありがとう」

 受け取ると、ほんのりと甘い香りが立ち上った。ピーチティーだ。

 蓮斗がソファのアームレストに腰を下ろした。詩穂はマグカップに口をつける。優しい香りとともに熱い紅茶を喉に流し込むうちに、自然と深いため息が漏れた。

 詩穂は大きく息を吸い込んで笑顔を作り、蓮斗を見上げる。

「迷惑かけてごめんね」
「少しは落ち着いた?」
「もうすっかり落ち着いた」
「よかった」

 蓮斗は膝の上で両手を軽く握り、天井を見上げた。そうしてふうっと息を吐いてから詩穂を見る。