蓮斗が怒った声で言い、詩穂は淡く微笑んだ。

 ふたりで廊下を歩き、蓮斗が半透明のガラス扉を開ける。

「温かい紅茶でも飲む?」

 蓮斗が扉を押さえて詩穂に入るよう手で促した。

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「大丈夫には見えないんだよ」
「ホントに大丈夫……」

 です、と言って笑顔を作った拍子に涙が頬を伝い、蓮斗がそっと詩穂を抱き寄せた。背中に彼の両手が回され、詩穂の頬が彼のスーツの胸に触れる。

「社長?」
「社長って呼ぶな」

 耳元で蓮斗の不機嫌な声がした。

「だ……って須藤くんは社長だし」
「今は違う。今は……おまえの友達だ。友達なら弱ってるとき、頼ってもいいだろ? 俺がそばにいるんだから、俺を頼れ。変な遠慮はするな」
「……ありがとう」

 詩穂は素直に蓮斗の胸に頭を預けた。

 心の中に残っていた弘哉への想いが解けて流れていくように、涙がこぼれる。けれど、それは彼の隣が詩穂の居場所ではなくなったことを実感した悲しみの涙ではなくて、もう自分を偽らなくていいのだとわかった安堵の涙だった。

(あったかい……)

 そろそろ泣き止まなければと思うのだが、蓮斗の胸に包まれていると、なぜだか涙腺が緩みっぱなしになる。