蓮斗が機転を利かせてかばってくれなければ、どんな修羅場になっていたことか。

「ありがとうございます……」

 心を縛りつけていた長い呪縛から解放されたようで、目から安堵の涙がこぼれた。

「泣くのは……もう少し我慢できるか」

 耳元で蓮斗の低い声がした。詩穂は小さく頷く。エレベーターホールに到着し、蓮斗が下ボタンを押した。詩穂はそれ以上涙がこぼれないようにギュッと目を閉じた。

 エレベーターの扉が開く音がして、蓮斗に促されるまま中に乗った。チラッと目を開けるとカップルが乗っていて、詩穂は泣き顔を見られないようにうつむく。

「悪いが、少し会社に寄るぞ」

 蓮斗が言って三十五階のボタンを押した。ほどなくしてエレベーターが停まり、詩穂は蓮斗に軽く背中を押されて、無人のフロアで降りた。蓮斗がソムニウムの自動ドア横にあるロックをカードキーで解除し、自動ドアが開く。

「落ち着いてから帰った方がいいだろう」
「本当にごめんなさい」

 蓮斗が中に入るよう詩穂を促した。

「謝るなって。助けに入るのが遅かったかなって後悔してるくらいなんだから」
「いいえ、絶好のタイミングでした」
「あんなやつのために泣くなよ。あんな男、小牧には似合わない」