弘哉は首を左右に振った。

「問題はそういうことじゃないんだ。会社の業績が思ったよりも悪化していて……このままでは銀行に融資を打ち切られかねない。俺が頭取の娘と結婚すれば、娘婿の会社を潰すようなことはできなくなるだろうから……会社を救う策でもあるんだ」

 そんな理由で恋人と別れなければならないなんて。

 詩穂はすがるように弘哉を見た。

「俺だって詩穂と結婚できないのはつらいんだ。だけど、社員を路頭に迷わせるわけにはいかない。どうかわかってほしい」

 弘哉がつらそうに表情を歪めて詩穂を見た。好きな人のそんな顔を見たくなくて、詩穂は視線をローテーブルに落とす。

 ほかの社員を犠牲にして、弘哉の会社を危険にさらしてまで、彼を好きだという気持ちを押し通すことは許されないのか……?

「それに、親も交えて二週間前に会って……近々結納をすることになったんだ……。もう後戻りできない」

 その言葉に打ちのめされた。唇を強く噛みしめ、スカートの生地を強く握って、泣き出したいのをどうにかこらえる。