そういう経緯があったのかと詩穂は納得した。

「確かに送ってもらいました」
「それだけ?」

 意味ありげな視線を向けられ、あの日このオフィスで、蓮斗に目尻にキスをされたことを思い出した。だが、あれは親が子どもにするおまじないのようなものなのだ。

「それだけです」
「えー、じゃあ、なにか思わなかった? 酔った私を送ってくれるなんて須藤くんって優しい!とか、意外と頼りになるイイ男!とか」

 今の詩穂にとっては図星でしかないことを言われ、内心動揺しながらも、詩穂は明るい声で答える。

「あー、確かに面倒見のいい社長だなーと思いました。あんな気遣いのできる上司、なかなかいないと思いますよ」
「いや、社長とか上司とかじゃなくてさ、ひとりの男として――」

 啓一が言いかけたとき、ゴホンと大きな咳払いが聞こえた。振り返ると、蓮斗が出社してきたところだった。

「おはよう」

 目が合って蓮斗が微笑み、詩穂の心臓がトクッと音を立てた。意に反してときめく心を呪いたい。

「おはようございます。先日はどうもありがとうございました」

 啓一がいる手前、それだけ言って詩穂は自分のデスクに向かった。