もちろんエアリウルもオケアテスのことを憎んでいた。

「じゃあ、俺は右肩だ。ガキんとき何回か殴られたしな」

「ぐう…っ!」

うめき声にハッと我に返ったエアリウルは顔をしかめた。
辺りに血が漂い、臭いもきつい。

イゲウルが持っていた短剣が今もなお監禁されているオケアテスの右肩に無理やり埋め込まれた。
かつては頑丈な筋肉を持っていたオケアテスだったが、今はすっかりやせ細り以前の厳格さは微塵も残っていない。

「俺は…左膝」

ベルウルは短くそう言うと、剣を逆手に持ち替え頭上に振り上げると、一気に彼の膝に突き立てた。

「ぐはあっ…!」

また一段と血の臭いが濃くなり、気が付けば神殿の周囲をサメの大群がぐるぐると泳ぎ回っていた。
ところどころで小競り合いも起こっている。

エアリウルはその光景から目を逸らし、苦しそうに呻くオケアテスを兄妹よりも離れたところからただ見つめた。

「あたしはねえ…脇腹!」

「……がはっ!!」

進み出たフェズウルはオケアテスを舐めるように眺めると、狙いを定め歓喜に口角を歪ませながらその剥き出しの左脇腹を切り付け、さらには反対側の脇腹を突き刺した。

声に鳴らない嗚咽と共にオケアテスは血を吐き出し、さらにぐったりと座ったまま前のめりになる。

「さあエアリウル。その剣をあいつの心臓に突き刺せ。神を殺せる短剣だから非力なおまえでも簡単に扱えるぞ」

くるりと振り返ったイゲウルは不敵な笑みを浮かべると、エアリウルの腕を掴んでオケアテスの方に引っ張った。

その勢いのまま水中を滑るように進んだエアリウルは、オケアテスの手前でぐっと停止し、目の前で項垂れている金髪の男を見下ろした。

彼女は確かにこの男を恨んでいたはずだった。
しかし、今は違った。

思い出すのは一緒に仲良く遊んだ記憶ばかりで、怒られた記憶もなく、楽しかった思い出しかなかった。

「お父、様…」

「……エアか」

初めてオケアテスが言葉を発したと同時に、耐えられなくなったエアリウルは彼の首に抱き着き、その頭をぎゅっと胸元で包み込んだ。

(声が…)

オケアテスの声が優しくエアリウルに響いた。
そして、何度も優しく名前を呼んでくれた、かの男を思い出す。

「お顔を…お顔を、よくお見せください」

エアリウルは体を離すと両手で父親の頬を包み込み、そっと上向かせた。

(……!!!)

まるで生き写しのように、オケアテスの顔はディールにそっくりだった。

「ああ…エア、美しくなったな。おまえはラティスによく似ている」

「そんな! 嫌です。あんな人と一緒にしないでください!」

「そんなことを言ってくれるな。あのハープには戒めの意味があったのだ…裁判では私の主張が通らなかったが、ホワイトマザーの髭を譲ったのは紛れもなくこの私だ。彼女は悔やみ、自戒の念を込めてあのハープを作り出した…自首しなかったのは、私の責任でもある」