「俺もおまえには生きていてほしい。可能なら代わってやりたい、俺の寿命を分けたいぐらいだ…」

彼は腕の中にいる彼女の温もりをしっかりと感じながら、出会ったころのことを思い出していた。

「最初エアを見つけたとき、体が勝手に動いていた。海から引き揚げられたにも関わらず、俺は直感的におまえが生きていると思い込んでいた。なんとか助けてやりたい、息をしろ、こっちを見ろ、と必死だったんだ。城に連れ帰ったとたん俺は高熱を出しぶっ倒れたが、それまで知らなかったおまえが夢の中で何度も出てきた」

夢の中でエアはずっと笑っていた。

辺り一面は黄金色の草原で、つばが大きな白い帽子を被り、真っ青なワンピースを着て、風に白い髪をなびかせた彼女は彼を振り向いて笑った。
彼の緑色の瞳は彼女だけを映し、歩きながら静かに見つめていた。
一方、エアは少し歩いては立ち止まって振り返り、笑いかけてくる。

もちろんディレストの方が歩幅が大きく進みも速いはずなのだが、走っても一向に近づけない。
しかも夢を見る度に遠ざかり、ついにはエアの表情がわからないほど遠くなってしまった。

(行くな…!)

そう、ディレストは毎回同じ位置に立っていたのだ。
動いていたのは彼女だけで風景も変わらない。
置いて行かれているのだと悟った彼は必死に叫んだ。

(俺も連れて行ってくれ!)

そばに行かせてほしい。
遠くへ行かないでくれ。

彼はただそれだけを願った。

「俺の体調を考慮してキリアスがなかなか会う機会を作ってくれなかったが、昼に書斎の窓からおまえを見かけたときはまあ…かなり嬉しかった。馬舎の近くの木陰に座って空を眺めているおまえを俺は遠くから見ていた。だが、俺が行ったらまた遠くへ逃げてしまいそうで…俺も勇気が無かったんだ」

そしてついに乗馬の日となってしまい、緊張しながらいつものようにキリアスの目を盗んで愛馬に会いに行った。
そうして内心ビクビクとしながら声をかけ、図々しくも彼女の膝の上を奪った。

あのころ仕事も忙しかったが眠れていなかったのも本当のことで、またあの夢を見たら今度はもうエアが草原から姿を消してしまうほど遠くに行ってしまうのではないかと恐れていた。
そのため、眠りに落ちる寸前で起きてしまい寝台の上でただ横になるしかなかった。

「その日の夜、俺は夢を見ることもなくぐっすりと眠ることができた。きっとおまえと話せて…いや、認識されて安心したんだろう。その瞳の中に映ることができて子供のようにはしゃぎ、バカみたいに質問ばかりして…………エア?」

急にぐったりとした重さを感じディレストが彼女の顔を覗き込むと、白い肌がさらに真っ青になっていた。
唇も色が薄くなり、目も力なく閉じられている。

「エア?…おい、どうしたんだ、エア!」

頬を叩き何度も名前を呼ぶが応答がない。
そうしている間にも体温が冷たくなっていく。

愛しい彼女が遠くに行こうとしている。

「まだ一年経ってないぞ……いや、まさか…」