「あなたキリアス様の婚約者って本当?」

「………は」

指導役のメリダ、という女性にふとそんなことを聞かれた。
彼女はすでに独り立ちした息子が三人もいる人生の大ベテランだ。

どうした、とエアは目をぱちくりとさせた。
さっきまでテキパキとやることを教えてくれていたではないか。
いきなり仕事に関係ないことを聞かれても頭が追い付かない。
現在も一緒に廊下の窓を拭いている。

…もしや。
これがキリアスの言っていた、お話、というものか。

そう思ったらすんなり話の内容を受け入れられた。

「いえ、違います」

「じゃあ、城の外に恋人がいるのかしら」

「いませんが…」

「ええっ。じゃあちょっと待って。他には…」

「……あの、何の質問ですか?」

お話をすることは受け入れられたものの、質問の意図がわからない。

「あなたもしかして知らないの?」

「何をですか」

「ブレスト様の侍女になるには条件がいるのよ」

「条件…」

それは初耳だ。

「絶対にブレスト様を好きにならない人が侍女になれるのよ」

「はあ…」

なんだそのわけのわからない条件は。
エアは呆気に取られて気の抜けた返事しかできなかった。

「私は既婚者だし、他は彼氏がいたり婚約者がいたり、あとは女性しか好きにならない人もいるし…」

その選択肢だと最後が自分に該当することになるな、と思い当たりちょっと待て、と思った。
別に同性が好きなわけではない。
かと言って異性が好きなわけでもないが…

と思ったところでなぜかキリアスの姿が頭をちらつき首を傾げた。
まあ無理もないだろう。
まともに異性と話したのはキリアスが初めてだったのだから。

「私は誰も好きになりませんけど」

「えっ! 言い切るなんて何を考えてるのあなた。まだ若いじゃないの」

「そうですね。十七歳ですが」

「……え、あ、そうなのね」

(見た目と年齢が一致していないのは知ってるんだけどな)

その年のくせに童顔だという自覚はある。
ここ一週間でずっと同じ反応をされた彼女にとってはもう慣れてしまったことだが。

今のご時世、結婚適齢期、つまり十六歳はとうに過ぎた、とエアは考えている。
一年だけでもこの時期を過ぎれば、次は女性として磨きがかかる二十代後半まで待たなければならない。

「窓拭きの次は何をしますか?」

「……あ、えーと、花瓶の水替えよ」

「わかりました」

エアの声にハッとしたメリダは苦笑いを浮かべると、いそいそと窓を拭き始めた。

(え~~、じゃあ死別したとか…?)

メリダは不謹慎にもそんなことを考えていた。

(哀れに思ったキリアス様が彼女を拾い、その情報を知ったブレスト様がぜひに、とお願いしたってこと?…いやでも死別じゃなくて、身分差の恋人がいて会うことを禁じられている? それがこの城の中にいる人で、我慢できずに来ちゃったとか? でもそれはないか…あ、じゃあじゃあ)

メリダのあらぬ妄想は膨らむばかりである。