「死なない体、か…それで海から発見されたにも関わらず生きていたのか」

納得したように頷く彼。
そして深紅の瞳は手枷に向いた。

「だが、にわかには信じ難い」

でしょうね、と今度はエアが頷いた。
彼女自身もまだ信じていないからだ。

「…時間だ」

ふと、腕時計を見た彼が呟いた。
何か約束事があるのだろうか。

ここで書類を広げていたし、もしかしたら多忙な身なのかもしれない。
そう思ったらなんだか申し訳なかった。

「確かに不死身なようだな。多少の体調不良はあったものの、すぐに治まった」

「え…?」

「古典的ではあるが、食事に毒を盛っておいた」

「毒…?」

え、と目を丸くして先ほど平らげた空の食器を見つめる。
どれも美味しく、変な味などしなかった。

確かに寒さを感じたけど、そう言えば今はもう平気だ。
以前とは変わった体が食事によって体温調節を上手くできなくなったではないか、と自分なりに考えていたのに。

まさかすぐに襲ってくる毒を食べさせられたなんて思ってもいなかった。

「三分もすれば死に至る毒だが、十分経っても効果が現れない。おまえが常人ではないことは明白だな」

「……酷い」

酷いというよりも、恐ろしかった。

彼が、ではない。
自分自身が、だ。

暗い気持ちがずんと頭や肩に乗る。
泣きたい気分だったが、涙は出なかった。

「おまえ、予想以上に利用価値が高いんだな」

新しい毒を調合しても彼女の体内に取り入れ採血すれば簡単に血清が作れそうだ。
と、彼は血も涙もないことをふと思いついたが、すぐに追い出した。
彼の主君になんと言われるかわかったものではない。

(人は欲を前にするとおかしくなる)

透き通るような白い肌。
艶やかで雪のように純白な髪。
綺麗な海を覗いたときのような真っ青な瞳。

白い病人用の服を着せてはいるものの、その容姿はこの世のものとは思えない。

あの人にああ言った手前、自分がそうなってはいけない、と自身を叱った。
まさに目に毒だな、と思いながら彼は未だに彼女を直視できないでいる。

「俺はキリアス。オルガノ王国第一王子、ディレスト・オルガノの目付け役をしている者だ」

「王子様?」

「おまえを拾ったのはディレスト王子だ。近々会うことになるだろう。だがくれぐれも機嫌を損ねないようにすることだ。あのお方は飽きっぽい」

(飽きられたら最後、捨てられるだろう)

鳥に始まり、犬、猫、馬…

今度は人。

攻略してしまえば次に乗り換える。