「これを渡しとくから、先に帰って待ってて。冷蔵庫にビールもあるし。簡単なもので良ければ私が帰ってから作るから」

カバンから取り出したものは、私の家の鍵だった。

手渡しながらそう言うと、受け取った瞬間それをすかさず握りしめた広沢くんがニヤリと笑う。


「そっか。残業は俺との約束を断るためじゃなくて、れーこさんの家に俺を誘うための作戦だったんですね」

「何言ってるのよ。違うから」

つい否定の声が大きくなってしまい、そんなつもりで鍵を渡したわけではないのに、図星をさされたみたいで恥ずかしかった。


「もういいから。早く帰ってくれる?」

素っ気なく、手の甲で追い払うような仕草をしてみたけれど、私を見てニヤついている広沢くんはなかなか帰ろうとしない。

それどころか、近くにあった椅子を私のデスクの越しに向かい合うように移動させてきてそこに座った。

できるだけ無視して仕事を終わらせようとする私を、頬杖をついて座る広沢くんが少しも視線を逸らすことなく凝視してくる。