「あ、普通に美味そう……」
秦野さんにスマホを見せられた広沢くんは、絡められた彼女の手を振り払おうともせずに好意的な反応を示す。
「でしょ?広沢くん、好きそうだと思った」
それに、嬉しそうな反応を示す秦野さん。
ふたりのやりとりに、また重たい泥が私の胸にゆっくりと沈んでいった。
こういう気持ち、なんて言うんだろう。
ひさしぶりに感じる他人に対する負の感情を、どうやって制御すればいいのかわからない。
「今日、何時に仕事終えられる?私は定時には出られそうなんだけど」
ふたりの会話を聞き続けるほどに、重たい泥のような感情が降り積もっていく。
こんな状態では、とても平気な顔で給湯室には踏み込めない。
そっと回れ右してデスクに守ろうとしたとき、ちょうどコーヒーを淹れにきた菅野さんと鉢合わせた。
「あれ、碓氷さん。コーヒー淹れないんですか?」
空っぽのカップを見た菅野さんが、不思議そうに瞬きをする。
「ちょっと、急ぎの用を思い出しちゃって」
「そうなんですね」
その言葉を疑いもせず受け止めた菅野さんが、私の横をすり抜けていこうとする。



