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朝のメールチェックをひと通り終えてひと息いれようと、マグカップを持って給湯室に行ったときのこと。
そこには既に先客がふたりいて、聞こえてきた声に私は給湯室の前で足を止めた。
「ねぇ、広沢くん。今日の夜、約束どおり空けてくれてるよね?」
「約束って?」
「忘れたの?ごはん一緒に行こうって約束したじゃない。昨日の夜にメッセージもしたでしょ?」
「あー」
側から聞いているだけでも仲の良さそうな会話を給湯室で繰り広げていたのは、広沢くんと秦野さんだった。
「私、広沢くんと一緒に行ってみたいお店がいくつかあってね。昨日、いろいろ調べたの。こことかどうかな?」
私が給湯室の入り口脇に立っていることに気付いていない秦野さんが、広沢くんに自分のスマホを見せながら彼にグッと身を寄せて顔を近づける。
さりげなく下から広沢くんの腕に手を絡める仕草はとても自然で、恋人同士みたいに見えた。
美男美女で、誰が見ても似合ってる。
その姿を目の当たりにした私の胸に、重たい泥のような感情がずっしり、ゆっくり沈んでいくのがわかった。
普段の私だったら……
いや、今給湯室で秦野さんと一緒にいるのが広沢くんじゃなかったら……
私は平静な表情で、何の迷いもなく給湯室に足を踏み入れたかもしれない。
けれど、今の私にはそれができなかった。