その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―



「誰にも悟られずにそういうことをサッと済ませてしまうのは、さすがだな。礼子が席からいなくなってることに気付いて慌てて席を立って来たけど遅かった」

北原さんがそう言って、バツが悪そうに笑う。


「いえ……」

私は彼に名前で呼ばれたことに気付きながら、無表情で伝票を持つ手を下げた。

彼は、今自分が私の名前を口にしたことに気付いてるのだろうか。

その呼び方も態度もあまりに自然だったから、きっと無意識で口にしてしまったのだろう。

お酒が入って、ちょっと気が緩んでいるのかもしれない。

けれど私の心は、ひさしぶりに彼とふたりで正面から向き合うことになっても冷静だった。


「いくらだった?これで、少しは足しになりそうかな?」

北原さんが私に数歩近づいてきて、財布からお金を出す。


「いいですよ。今日は北原さんの歓迎も兼ねてるので」

「そういうわけにはいかないよ。一応、ここでは俺が一番立場が上なわけだし」

そう言って笑うと、北原さんが一万円札を5、6枚取り出して私の手に握らせた。