その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―




「あー、ごめん。何?」

「え?聞いてなかったの?明日の夜の予定だよ。空いてる?」

広沢くんの間の抜けた返答と秦野さんのわざとらしく怒った声が、私のそばをすり抜けていく。


「明日の夜……?まぁ、空いてるけど」

「空いてる?じゃぁ、私のためにそのまま空けといて」

「何それ」

通り過ぎて行った彼らの声が、だんだんと遠く小さくなっていくものの、まだ背後から聞こえてくる。

遠くなっても微かに聞こえてくる彼らの会話に、廊下の端っこに突っ立ったまま足が前に進まなくなる。


広沢くん、明日は秦野さんとごはん行くのか……

秦野さんは手伝った『お礼』に、なんて言ってたけど、私のときの『お礼』とはたぶん全然意味合いが違うんだろうな。

秦野さんは広沢くんに好意があるみたいだし、『お礼』という名の『デート』よね……?


そう考えたら、胸がざわざわとし始めて落ち着かなくなった。

私に北原さんとのことをとやかく言ってきておいて、自分はちゃっかり秦野さんと『デート』するんじゃない。



『とりあえず、すげームカつきます』

広沢くんが私に向かってつぶやいた言葉が、胸に蘇って消えていく。


「嘘つき」

気付くと、そんな言葉がぽつりと唇から溢れていた。