私はカバンに必要なものを詰め込むと、椅子に掛けていたスーツのジャケットを手に取った。

ジャケットの袖に腕を通す私を、広沢くんが瞬きもせずにじっと見てくる。


「どうしたの?」

立ち尽くす広沢くんを見つめ返すと、彼がほんの少し表情を歪めた。

いつも余裕そうな顔で仕事をこなしているところしか見たことのない彼が、珍しく弱気な顔をしているのが意外だった。

私たちがデスクを挟んで向き合っていると、秦野さんがそろそろとこちらに歩み寄ってくる。

広沢くんと同期の彼女は、今回の仕事を補佐的に手伝っていた。

青い顔で広沢くんの隣に並んだ秦野さんに視線を向けると、彼女が躊躇いがちに口を開く。


「碓氷さん、あの……」

「何?」

「印刷会社にデータを送ったの、私です」

「え?」

「広沢くんは庇って何も言わなかったけど、私のミスです。申し訳ありません……」

「秦野……」

自ら名乗りを上げてきた秦野さんを、広沢くんが驚いたように見遣る。