「もちろん、ちゃんと聞いてたわよ」

実のところ、私らしくもなく話の途中で少しうわの空になっていた。

けれどそんなこと広沢くんには言えるはずもないので、いつも通り平静を装う。

すると広沢くんが資料の位置を動かすフリをして、さりげなく私のほうに顔を近づけてきた。


「碓氷さん、絶対いま、俺に見惚れてましたよね?」

ニヤッとしながら小声でささやいてくる広沢くんに、私もそっとしかめっ面を返す。


「バカなこと言わないで。そんなことあるはずないでしょ」


「じゃぁ、人の顔ジッと見ながら何考えてたんですか?」

「それはもちろん、どっちのパターンがいいかに決まってるじゃない」

私は広沢くんに見せられていた2パターンの資料を拾い上げると、それを顔の前に持ってきてジッと睨んだ。

広沢くんの説明は6割くらいしか聞いていなかったけれど、その資料を見比べたら、彼が私に相談したかったことの主旨は理解できた。


「そうね。取引先の好みはどちらかと言えばこっちかもね。でも甲乙つけ難いから、どちらも提案してみて選んでみてもらうのもいいかもしれない」

「そうですか?じゃぁ、そうしてみます。ありがとうございます」

「どういたしまして」


そのあとも広沢くんと他の業務についていくつか話していると、デスクに置いたままにしていたスマホが鳴った。