「碓氷さん、少しお時間大丈夫ですか?」
椅子に座ってパソコンのキーボードに手を載せたとき、広沢くんが近付いてきた。
「何?」
「ここなんですけど、文章をどうするべきか迷ってて。2パターン考えたんですけど……」
私の前に2種類の資料を置いた広沢くんは、何やら真面目な顔付きで話し始めた。
数週間前の日曜日に一緒に出かけて以来、広沢くんとは毎日のように社内で顔を合わせている。
けれどあれ以来何事もなく、まるで一緒に出かけたのが私の夢だったのかと思うくらい、社内での彼の私に対する態度は変わらない。
社内で仕事の相談は受けるけれど、連絡先を交換したメッセージアプリに広沢くんから連絡がくることはなかった。
私に好意を寄せているようなことを言ってたけど、1日一緒に過ごしてみたら案外こんなものかと気持ちが治ったのかも。
やっぱり、一時の気の迷いだったのよね。
話を聞きながら、資料から視線を外してぼんやりと彼の顔を見つめる。
「……と思いますか?」
不意に、熱心に話していた広沢くんの声が途切れた。
はっとした私を、彼が不満そうな表情で見下ろす。
「碓氷さん、話聞いてました?」



