「おやすみなさい、碓氷さん。また明日」

広沢くんが話し終わるのと同時に、頬に触れた指先を名残惜しそうに離す。

私にさよならを告げる広沢くんの声はときめくほどに甘く優しいのに、彼の言葉と離れていく指先が、私を淋しくて哀しい気持ちにさせた。


たぶん彼は、意識的に私の呼び方を『碓氷さん』に戻していて。

私は『れーこさん』として彼の隣にいた非日常が終わることを、無意識的に名残惜しく思っている。

いや、違う。

名残惜しいと、本当はもうはっきりと自覚している。


でも……

明日になれば戻ってくる、上司と部下の日常は私には崩せない。

非日常な日曜日はもう終わりだ。

気持ちを引き締めるために、すっと背筋を伸ばす。


「また明日、会社で」

中途半端に開けていたドアを一気に押し開けると、私は広沢くんにとっての『碓氷さん』として、彼と非日常に別れを告げた。