「じゃぁ、家まで送りますね」
さっきのつぶやきは私の空耳だったのだろうか。
笑顔でそう言う広沢くんの態度は至って普通だ。
そこから家に着くまでは、広沢くんが選曲したラジオをBGMに他愛もない話をした。
朝迎えに来てくれたときと同じように、マンションのエントランスの前で車を停めた広沢くんがドアのロックを解除する。
「どうもありがとう」
ドアに手をかけて押し開けながら、広沢くんを振り返る。
すぐにでも車から降りようとしていた私を、名残惜しそうな彼の眼差しが一瞬躊躇させた。
中途半端に開けた状態のドアを、それ以上強くらい押し開けることができなくなって、車内にとどまる。
何かもっと……別れ際にぴったりの気の利いた言葉をかけるべきなのだろうか。
でも、こんなときに上司が部下にかける言葉って何……?
「こちらこそ、ありがとうございました。付き合ってもらえて楽しかったです」
思考を巡らせている私より先に、広沢くんが口を開いた。



