「さっきご馳走して、『お礼』はもう済んだでしょう?どこにも寄らずに真っ直ぐ帰るわよ」

暗がりで顔色までは見えないと思うけれど、熱くなっている頬に気付かれたくなくて広沢くんから顔をそらす。


「えー。れーこさん、真面目でつまんない」

「そんなつまらない女をしつこく誘ったのはどこの誰よ」


フロントガラスを真っ直ぐ睨むように見ると、そこには私を揶揄うような目で見つめる広沢くんが映っていた。

最近薄々気付いてはいたことだけれど……

広沢くんは部下としてはとても優秀だけど、男としてはかなりタチが悪い。


「ふざけるのはもう充分だから、早く車を出してくれる?」

仕事中に指示を出すような話し口調で、フロントガラス越しの広沢くんに冷めた視線を向ける。

すると、私とフロントガラス越しに目を合わせた彼が残念そうに肩を竦めて、車のエンジンをかけた。


「れーこさんさえその気になってくれたら、俺はいつでも本気なんですけどね」

エンジンがかかる音に紛れて、そんなつぶやきが聞こえてきた。

思わず運転席のほうに顔を向けると、広沢くんが不思議そうに私の顔を見てにこりと笑う。