「広沢くんも、特別なデートのときに使ってみて。きっと喜んでもらえると思うから」

にこりと微笑む私に、広沢くんは笑顔を返そうとはしなかった。


「ほんと、ムカつきますよね。碓氷さん」

私のことを恨めしげに見ながら、広沢くんが低い声でつぶやく。

そうつぶやいたときの彼の私の呼び方が、意識的にか無意識的にか『れーこさん』からいつも通りの『碓氷さん』に変わっていた。

当たり前のことだし、むしろいつもの呼び方のほうが耳に慣れてしっくりくるはずなのに。

彼の呼び方の変化にすぐに気付いてしまった私の顔からは少しずつ笑顔が消えていった。


未だに信じ難いけど、広沢くんの気持ちを知らないわけではない。

それなのに、少し意地悪が過ぎた?


自分の口にした言葉を後悔しながら、私はあることに気が付いていた。

私、広沢くんの呼び方がいつも通りに戻ったことに少し傷付いている……


デートじゃなく『お礼』なんだと、言葉に出して否定しながら、広沢くんと一緒に過ごした半日も名前で呼んでもらっていたことも内心では心地よく思っていたのかもしれない。