その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―



「ねぇ、広沢くんも乃々香の運動会見に来てくれたの?」

2週間前にかけっこの練習をしてもらっただけですっかり広沢くんに懐いてしまった乃々香が、彼の腕を下からつかんでゆらゆらと揺する。


「そうだよ。俺も乃々香ちゃんが1番とるとこ見たいなーと思って」

調子良さげに乃々香に笑いかけている広沢くんを横目で睨んで、肘でそっと小突く。


「ちょっと……そうじゃなくて。午前中、広沢くんにも仕事を手伝ってもらっていたの。お客さんのところまで彼の車で荷物を運んでもらったから、帰るついでにここまで乗せて来てもらっただけなのよ」

「そうなんだ。じゃぁ、広沢くんはもう帰っちゃうの?」

私が大人の事情を説明すると、乃々香がほんの少しがっかりしたような顔をした。

小さな頃からどちらかと言うと他人に対してはクールな反応を示す乃々香にしては、珍しい反応だった。

冷たい言い方をしてしまったのかなと、小さな罪悪感で胸が痛む。


「乃々香……」
「大丈夫。時間あるから、乃々香ちゃんが走るのはちゃんと見て行くよ」

フォローの言葉を探して口を開いたとき、広沢くんが乃々香の前に屈んでにこりと笑った。

その一言で、乃々香の表情がぱっと明るくなる。


「よかった。乃々香、頑張るから見てて」