その瞳に涙 ― 冷たい上司と年下の部下 ―



「乃々香、そちらの方は……」

小学生の娘が見知らぬ男と親しげに話していたら、父親としては当然の反応だと思う。


「あぁ、この人は……」
「広沢くんだよ」

さりげなくフォローを入れようとした私の声と、乃々香の無邪気な明るい声が重なる。


「え、っと……広沢さん?」

にこにこと笑いながら親しげに彼の名前を紹介する乃々香に、誠司くんが困惑顔で私に視線で助けを求めてくる。

そんな父親の心配をよそに、乃々香はにこにこしながら広沢くんを誠司くんの前に押し出した。


「広沢くんは、礼ちゃんの会社の人だよ。この前ママのお見舞いのときに、乃々香と一緒にかけっこの練習してくれたんだよ」

それを聞いた誠司くんは、ようやく合点がいったらしい。

「あぁ」と口の中でつぶやくと、警戒を解いたように笑顔になった。


「あなたが。2週間前、乃々香が嬉しそうに話してたんです。お義姉さんの会社の人に会って、走り方を教えてもらったから、運動会では1番になれそうだと。お忙しいのに付き合っていただいたようで、その節はありがとうございました」

頭をさげる誠司くんを見て、広沢くんも立ち上がって背筋を伸ばす。


「いえ。僕も親戚のお見舞いに出かけてて、偶然出会っただけなので。碓氷さんにはいつも仕事でお世話になっているので、お役に立ててよかったです」