「いや、碓氷さん。それ、冗談でやってるんですか?」
「え?」
真顔で振り向くと、広沢くんが呆れ顔でこちらを見ていた。
私の表情を数秒観察していた広沢くんが、やがてため息をついて運転席から降りてくる。
「こっちじゃなくて、あっち」
広沢くんは私の手首を無造作につかんで引っ張ると、そのまま助手席側に導いた。
「どうぞ」
助手席側のドアを開けた広沢くんが、そこへ座るように私を促す。
乗り込むのを躊躇して広沢くんを見遣ると、彼が不服そうに顔をしかめた。
「普通こっちでしょ。仮にそうじゃなかったとしても、俺が淋しいんでこっちに乗ってください」
ぐずぐずしていると、最後はほとんど強引に助手席に押し込まれ、ドアを閉められた。
私を助手席に乗せたあと、広沢くんも車の前を回って運転席に乗り込んでくる。
家族や親しい友人以外の車に乗るのは、よその家にお邪魔するときのように少し緊張する。
私がもたもたとシートベルトを装着するのを横目で確認してから、広沢くんが車を発進させた。



