ファウスト様もそれが分かっているのか、領地まで出向くことはない。だが、私が王都に来ている時はたまに顔を見せる。

 それすらも本当は危険だった。

「ファウスト様。どうして来られたのですか?私は毎回お戯れはお辞めくださいとお願いしています。お互い婚約者のいる身。軽率な振る舞いをなさってはいけません」

 渋い顔でファウスト様を諌めた私に、彼はうんうんと聞いていないようないい加減な頷きを返す。

 毎度お願いしていても、これだけは聞き届けてくれない。

 ファウスト様自身は聡明で何をやっても完璧にこなす立派な王子様。生まれの事がなければ第二王子なんて、ファウスト様の才能の前では敵ではない。

 そんな彼が自分の立場を分かっていない筈がない。

 ……そう、分かっていない、筈がないのだ。

「ねぇ、クラリーチェ。ずっと僕は言っているよね?ここに来る事を僕は諦めないよ。絶対に。


――だってそうだろう?エレオノラ」

 トーンを落とした艶やかなテノールの声で、ファウスト様はうっとりと私の目を見つめて微笑んだ。それはもう、幸せそうに。

 私の忘れたかった名前を呼んで。


「ーー夫が妻に会いたくない訳がないじゃないか」