キッパリ言うと、ファウスト様は重ね合わせままの手に指を絡める。私のより長い指が握り込んだ。


「捨ててきたんだ。王太子という地位も、名前も全部」


 まるで子供のような悪戯を告白するかのように、あっさり言った彼に空いた口が塞がらなかった。そんな重責をあっさり放り投げられるなんて。


「アルフィオも望んだことだ。ねえ、クラリーチェは、こんな何も無い僕と共に来てくれるかい?」


 私の顔を覗き込むファウスト様を、縋るように見る。
 身分もしがらみもない世界で、彼と2人で幸せになりたかった。


「ーー私を牢獄から連れ出して」


 鳥籠なんて可愛いものではなかった。
 ずっとずっと重たくて、冷たい鎖で縛られ続けていた。周囲の人達も、地位も、私の羽根を飛べなくするものだった。


 今世の私の世界は、牢獄だった。


「仰せのままに、僕のお姫様」


 そうふんわりと微笑んだファウスト様は、誰よりも煌めいていて、私の、私だけの王子様だった。