太陽が真上を少し過ぎた頃、番子はようやくミイから昼休憩をもらった。早く戻ってきなさいよ! と釘を刺されて。番子はメイドの宿舎棟に急いだ。

 三角屋根の高い塔が束ねられたように密集する王城の下あたり、城と下界を隔てる塀か、または大きな渡り廊下のようにも見える横長の建物が、番子やミイや、その他の住み込みメイドたちの住居、メイド宿舎棟だ。階段を上がって二階に上がり、2016号室の鍵を開けた。城に属した住居として、王城の質を損なわぬように外観はくすむことのない白塗りだが、中はシンプルで質素だ。機能重視で飾り気のない台所と、手狭なリビング。トイレとバスルームは階ごとの広い共用ロビーの隣にある。

 だが、部屋はどう使おうと住む者の自由だ。番子は、冬はフローリングの上に厚みのある濃い茶色の絨毯を敷き、部屋を圧迫する大きめの本棚にはカーテンを付け、ガラス製のテーブル盤の下にはカントリーな柄の敷物と、手編みのレース飾りを入れて、テーブルの真ん中には、飾り替えのために捨てられる城の花を持ち帰っていつも飾っていたし、機能的な台所には調理台だけでなくオーブンもあり、パンを好きなだけ焼ける。番子はくみ上げておいた水で作ったお茶を水筒にたっぷり詰めたあと、余った水で布巾を濡らしておしぼりを作り、朝作っておいた、二人分のサンドイッチの入ったバスケットに一緒に入れた。

「よし! 準備完了だねっ」
 バスケットを腕にさげると、元気よく家を出る。


 番子が向かった先――城の中庭では、外衛の剣士たちが稽古をしていた。いつもこの時間は一対一で実戦練習をしている。

 見ると、番子の会いに来た相手であるソラトも実戦中だった。相手は体格のいい中年の男。対してソラトは小柄だ。相手が大きい分いつもより小さく見えているのもあるが、同い年の男子の中でもソラトは背が低く小柄な方だった。

 だが。
「やあああっ!」

 そんな体格差にも臆しない、素早く鋭い攻め。そして燃えたぎるような闘志。

 小柄であることを利用してか、繰り出す技の数はとても多い。体が小さい分、力任せとはいかないのだろう。必要最小限な繊細な身のこなし。しかし勝負に出る瞬間だけ、急にダイナミックな動きを見せる。
 相手の体重の乗った力強い一薙ぎを、ソラトは身をよじっていなす。相手が行き場を失ってよろけた拍子に、ソラトは確実にキメることのできる間合いをとらえ、一歩を深く踏み込んだ。

 決まった!

「あっと、おい参った、参った!」
 素直に負けを認める練習相手の声に、ソラトはきっちり攻撃を寸止めする。
「ありがとうございました!」
「うむ。だいぶ勝率も上がってきたな。俺も、そろそろか」
 二人距離をとって剣をしまい、一礼。その言葉を聞いたソラトは、慌てたようにすぐに駆け寄った。
「そんなことありません! 今回はなんとか勝つことができましたが、団長には俺、ボロ負けばかりじゃないですか」
「謙遜なんぞまで覚えおって……。本当に、強くなった」
 胸に飛びこまんばかりのソラトの頭を、よしよしとなでる。どうやら相手は団長だったらしい。

 強くなった、という賛辞と抱擁にソラトは言葉の上ではお手本のような返事ができたものの、表情まではコントロールできない。なでられる腕の中に隠すようにしながら、心の底から満たされているように微笑んでいるのが見えた。

 番子が目を離せないでいると、
「あ、番子!」
 その団長の太い腕越しに、目があった。ソラトは照れくさそうな顔をして団長から離れると、さっきまでのよろこびを振り払うように、小走りに近づいてきた。