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「楓さま、行きますよ」

「ハイ、お願いします」

「では参りましょう」と言ってランチの配膳係のメイドが執務室のドアをノックした。

返事を待って「昼食をお持ちしました」と言うメイドの後ろでランチを乗せたワゴンを押してうつむきながら入室する。

クリフ様が残業を制限するようになり執務室の中は数日前の乱雑さがすっかりなくなり室内は整頓されて綺麗になっていた。
もちろん嫌な臭いはしないし、働いている皆さんの服装もきっちりとしていた。

私はあまり目立たないよう気配を消すようにして、大テーブルに側近の方々のランチを置いていく。

ここからはクリフ様の姿は見えない。
クリフ様は衝立の向こう側にあるデスクで誰かと話をしているようだ。

「いい匂いがするな」
いつもと違う匂いに気が付いた側近の一人が近付いてきた。

「ええ、今日のメニューは特別なんです」
一緒に来たメイドが私を背にかばうように回り込んで私の代わりに返事をする。

「そうなのか?おおー、これはすごい。本当に特別だ」
その声に気が付いた他の人も振り返る。

まずい、これじゃあクリフ様に近付く前にバレちゃう。
できれば、クリフ様の分は直接私があちらのクリフ様のテーブルに持っていきたいのに。

「今日のランチはどうしたんだ?」
「いつものと全然違うな」

近付いてきた数人がいつもと違うランチの匂いに騒ぎ出したので、仕方なく唇の前に人差し指を立てて”しー”っとしながら顔を上げた。

「かっ・・・」
楓さま、と言おうとした男性の口をメイドが慌てて塞ぐ。

私たちを囲む数人の側近が息をのむ中、私はもう一度笑顔で”しー”っと指を立てた。