でも、この国のことを知るには先生が欲しい。

「…二人きりの時だけでもいい?」
両手を合わせてお願いのポーズをとった。
これでダメなら上目遣いだと思っていたのだけれど、
「まあ、とりあえずそれで我慢しよう」
クリフ様も譲歩してくれた。

「ありがとう、クリフ様」
うふふ
やった。交渉成功。

「ところで、バスルームの清掃を楓がやっているって本当かい?」

「ええ」
私は深く頷くと「毎日ではありませんよ。たまにです」と付け加えた。

「清掃ならメイドがいるだろう」

「ここにいると、何でも他人がやってくれるでしょ。自分にやれることを少しでもやらないとダメ人間になりそうで不安になるの。
それに、私がやればメンテナンスの必要もないでしょ」
何といっても専門職なんだから。

胸を張るとクリフ様が苦笑いをする。

「楓が楽しければそれでもいいけど、あまりメイドの仕事を奪ってはいけないよ」

「私がしてしまうと迷惑になるの?」

「そうと言うわけではないけれど、彼女たちの仕事ぶりに不満があって楓が自ら清掃していると考える者がいるかもしれない。
清掃はメイドの誇りある立派な仕事の1つだからね」

ああ、そうか、そうなんだ。
そんな考え方はしたことがなかった。

「楓がやりたいと言うのなら、そのときはメイドには別の仕事を与えるといいかもしれないね。楓のお得意の『お願い』で」

クリフ様がニヤリと笑い、私は顔をひきつらせた。

私のあざとい『お願い』はバレバレだったってことみたい。
途端にかーっと顔が熱くなり恥ずかしくなってきた。

「バレてました?」

「まぁね。でもいいんだ。それも可愛いと思っていたから」

「やっぱり慣れないことはするものじゃないのね。もうやめます。実はやってる方も恥ずかしかったの」

熱くなった自分の顔をパタパタと手で扇ぐと向かいの席からクリフ様が手をのばしてきた。

「私の可愛い番。たまには食後のお茶を一緒に飲もう。おいで」

私は素直にクリフ様の手をとり並んで窓辺のカウチに腰を下ろした。