「ここに居る皆さま全てそのようにお願いします」
私たち下々のものは離れたところから遠巻きに見つめていただけだけれど、秘書さんの声ははっきりと聞こえた。

クリフォード様ーーー

どこの国のどんな立場の方かわからないけれど、秘書の方が他のクライアントと同様の扱いでかまわない、特別扱いは不要だと言った時に隣にいた政府関係者たちの顔色が変わったので、かなりの立場にいる人なのだと理解した。

それからクリフォード様は秘書や護衛の方を連れ2度ショールームにお見えになっていた。

特別扱いは不要だと言われても接客はベテランのシェリルさんとデザイナーが行い私のような経験不足な者の出番など欠片もない。
お茶出しも受付の美人女性の担当だ。


そうして今日はクリフォード様がシンプルシリーズと呼ばれるバスルームの体験入浴の日だったのだが、使用後のバスルームの機能チェックと清掃に入ったところ、私がこの鱗のようなものを見つけてしまったというわけだ。

シェリルさんに報告すると、他の遺失物と同じ扱いをせず明日まで私のデスクの鍵付き引き出しで気を付けて保管するように指示された。

相手は謎のVIPのクリフォード様だし。
やはり担当しているシェリルさんもクリフォード様がどこの誰かは聞かされてないらしい。


あらためて予備として置いていた新品のハンカチで包んだこの謎の物体。
不思議なことに引き出しの中、しかもハンカチで包んでいるにもかかわらずデスクにいるといい香りが漂ってくる気がするのだ。

何度もその香りを吸い込むようにしてしまう。
目を閉じると、虹色の雲の中に包まれて漂っているような夢のような感覚に包まれる。
どうにも不思議な感じなのだ。

しかも、隣の席の同僚にはこの香りがわからないみたいで「今日はどうしたの?何度も深呼吸して。しかも恍惚の表情になってるし」と変な顔をされた。
いつもなら嗅覚が鋭いのは私より彼女の方なのにどうにもおかしい。