「入江。これから時間ある?……ゆっくり話がしたい」
話が、したい?
やだ、やっと覚悟を決めたところなのに。
「……話すことなんて、ない」
逃げるように、静の横を通り抜けようと早足で歩く。
そんな私の腕を、静はガシッと掴んだ。
「入江になくても俺にはある。俺の気持ちと……希美の、こと」
『希美』と彼が口にした名前に、胸がまた一気にざわつく。
彼女の言葉が、あざ笑う顔が、思い出されて苦しい。
もう、聞きたくない。
「果穂」
そこに、私の名前を呼ぶ声がした。
振り向くと、ビルの入り口には森くんが立っており、いつも通りの無愛想な顔つきでこちらを見ていた。
「森くん?どうして?」
「今日最終日って言ってただろ。だから迎えに来た。折角だし飯行こう」
森くんはそう言いながらこちらへ近づき、静から私を引き離す。
「おい、森お前っ……」
強引なその腕に、珍しく静が声を荒らげた。
けれど、それに対して森くんは動じる様子はない。
「なに?果穂のこと泣かせるような男に引き留める資格なんてないだろ」
逆に強い口調で言い切って、私の肩を抱いて歩き出した。