ハハッと小さく笑うゲンツの姿が、切ない。ゲンツはかつてはヨーロッパの情勢を鋭く見極め、情熱的に筆を振るい、政治ジャーナリストとして一時代を築いた男だ。彼のこんな抜け殻のような姿は見たくなかったと、プロケシュ大使は奥歯を噛みしめる。
「そうですか」と愛想笑いをしたきり、部屋には沈黙が流れた。窓の外の鳥の声が雰囲気を和らげてくれるのが、救いだった。
「……じゃあ、ツグミ殿が外交官になられたこともご存じないのですか?」
この話題を出すべきか迷っていたプロケシュ大使は、ピクリとゲンツの眉尻が上がったのを見て、手ごたえを感じた。
すぐに侍従に新聞を持ってこさせ、該当の箇所の記事をゲンツの前に広げる。
そこには、五月にウィーンの外交使節団がイギリスに向かって発ったこと、そして外交団のメンバーの名前の中にツグミの名が記されてあった。
「俺も新聞を見て驚きました。ゾフィー大公妃殿下は本格的にツグミ殿をご自分の懐刀として育てるおつもりですね」
そう話すプロケシュ大使も、新聞に釘付けになっているゲンツも、この記事から察するのは同じことだった。
外交官から外相、そして――宰相。それはメッテルニヒが辿った道だ。
ゾフィーは自分の秘書官だったツグミをいったん手放し、宰相にするための経験を積ませようとしている。
諸外国の懐に深く入り込み、ヨーロッパの情勢を肌で感じ、各国に発言力を持つほどの存在になれと。


